清音頭 http://suganendo.com/blog 清音頭(すがねんど)のモットーは、"Be Creative. Be Artistic. Be Outrageous." です。 Sun, 18 Jul 2010 16:52:50 +0000 en hourly 1 http://wordpress.org/?v=3.0 人を動かすってのはそいつを変えるんじゃない、そいつを活かしてやることだよ。 http://suganendo.com/blog/how-to-influence-people/ http://suganendo.com/blog/how-to-influence-people/#comments Sat, 10 Jul 2010 13:52:32 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=301 人をマネージメントするってのはとっても難しい。

大抵の人は、そのやり方を知らないで上役になってしまう。

そのやり方を知らないってのはどういうことかと言うと、
大抵の人は、自分が正しいと思うやり方、つまり自分のやり方に合うように、部下に指示を出す。
これは、言い換えればね、部下を自分の好みに「変えようとしている」ってことなんだよ。

でもね、人はそんな簡単には変われないの。
大体会社に入ってくるのって、高卒とか大卒でしょ?
そこまで、育っちゃったら、もう無理よ。変えようとしたってね。

そもそもね、部下であろうとなんだろうと、その人間のやり方を変えようとしたらね、反発されるだけ。
だって、自分の考えを持ってるからね。
まったく、無意味なんだよ。

だからね、人を変えようとするんじゃなくて、
その人をどうやって活かすかを知らなきゃいけないの。

そのやり方を知ってるかどうか、それをできるかどうかが、マネージメントの資格なんだよ。
それができないなら、資格無しだ。

でね、人を活かす方法ってのは、まずそいつのいいところをちゃんと見てやることはもちろんだけど、
それをちゃんと理解したうえで、会社の中のどのポジションにつけて、誰と一緒に組ませればいいかとか、
どういう風に指示をだしてやればいいかとか、そういうところまで、細かくわかってなきゃいけないの。

それでね、これは、心理戦なんだよ。

相手に気付かれちゃいけないんだから。

こっちが、相手を動かそうとしているっていうのが、あからさまなら人は絶対反発するよ。

セールスで考えてみて。

ストレートに「買ってください!」って言って、
「はい、買います」って言う人どれだけいますか?

上手い営業ってのはね、こっちが選んであげるんじゃなくて、
相手に気付かれないように相手が選んだような気にさせるんだよ。

人を動かすってのも全く一緒。

相手に気付かれないように、
相手が自分で決断してそうしているように仕向けるってのが大事なの。

難しそうでしょ?
そう、人を動かすってのは難しいんだよ。すっごくね。
だから、いい上司は少ないの。

これをわかってる人自体少ないし、
わかっててもできる人はもっと少ない。

だから、みんな、会社や上司のやり方に不満を持つんだよ。

上司や会社のやり方を「変えよう」としているキミ。キミがやがて会社のトップになったとき、今度は部下を「変えよう」とするんだろうね。それだと結局、キミがトップになったときも、会社は「変わらない」ね。それまでになんとか、集団や会社の意味ってやつを学べるといいけどね。

Posted on Twitter on 11:52 PM May 12th

上司や会社のやり方に不満を持つ社員はね、
大抵、そのやり方をなんとかして変えてやろうとするでしょ。
時には、上司に反発したりしてね。

でも、それじゃぁね、その上司と一緒じゃない。

「相手は変えようとしても変わらない」って事実を知らないんだから。

ってことは、
そういう人たちがやがて上役になったときは、
こんどは自分たちのやり方に合わせて、下の人間を変えようとするんだよ。

上司だって、会社だって、変えようとして変わるもんじゃないの。

今の上司に不満があってね、自分は将来立派なリーダーになってやる!
って思ってんなら、いまからその事実をかみ締めてね、
上司を活かす、つまり利用するくらいのことができなきゃいかんよ。

反発するんじゃなくて、相手を変えようとするんじゃなくて、
上司をどうやって使ってやろうか、活かしてやろうかと、
そのくらいの発想というか、器が必要だね。

大抵の上司ってのはね、
仮にリーダーシップがなくても、会社の内外にやっぱり、結構な人脈をもってたりするんだよ。
あと、知識も豊富だったりね。

そういうところをさ、上司としてじゃなく、一人の会社の人材として見てあげてさ、
下から上手くコントロールして、利用できるくらいなら、
将来、キミも立派なリーダーになれるよ。

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http://suganendo.com/blog/how-to-influence-people/feed/ 20
人生を愉快にすごそうと思うなら、モチベーションを上げる方法と、しくじった時の逃げ方とね、その2つだけは用意しておいたほうがいい。 http://suganendo.com/blog/how-to-enjoy-your-life/ http://suganendo.com/blog/how-to-enjoy-your-life/#comments Fri, 09 Jul 2010 15:10:09 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=287 モチベーションを上げる方法ってのは、結構単純でさー、

彼女がいるんなら、この彼女に愛想つかされないようにもっと頑張ろうとか、
彼女いないんなら、理想の女でも思い浮かべて、この女とつりあうようになるには、もっと頑張らねばとか思ってみたり、

お金を稼ぎたいなら、欲しいものの写真を単純に眺めてもいいし、

まぁ、とにかく、自分の持ってる「欲」をね、上手に利用するのが一番簡単で、効果的だと思う。

しくじった時の逃げってのは、

例えば、営業で客といまいちうまが合わずに、出入り禁止になっちゃった、みたいなときはさ、
全ての人間に好かれるなんて不可能だ」ってことだけ知ってりゃ、かなり気が楽になる。

イチローだって、松井だって、4割は打たないんだから、半分の人に好かれることができればいいじゃない、ってこと。

あとさ、「英語勉強しよう!」とか、「ダイエットしよう!」とか決めて、3日坊主で終わることって、しょっちゅうじゃない。
特にぼくは、そんなんの繰り返しだけど。

で、「継続は力なり」とか言って、確かにそうなんだけど、そればっか気にしてると、
継続できない自分って、ダメなやつって凹んじゃうでしょ?

だったらね、変わりに、「継続する努力も大切だけど、もう1度やってみる努力はもっと大事だ」ってことを知っておけばいいの。

毎回、3日坊主で終わったって、もう一回はじめることさえ止めなければさ、それ120回繰り返せば、360日分。
1年分の努力になるじゃん!ってね。

ぼくは、これね、竹原ピストルの「オールドルーキー」って曲聴いて、あっ、そっかーって気付いたんだけど。

何度でも立ち止まって
また何度でも走り始めればいい
必要なのは走り続けることじゃない
走り始め続けることだ

こういう、逃げというか、
凹まないような気持ちの持ってきかたを、できるだけたくさん用意しておくといいでしょ?

人間どうしたって、しくじるから、

モチベーション上げる ⇔ しくじった時の逃げ

の繰り返し。

でも、この繰り返しがスムーズにできるようになると、

人生はかなり愉快に過ごせるんだと、ぼくは思ってる。

「強くなる」ってのは、
こういうのをたくさん溜め込むことなんじゃないかというふうに、
ぼくは考えている。

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http://suganendo.com/blog/how-to-enjoy-your-life/feed/ 3
議論をするってことにはいろんな意味があるんだ。 http://suganendo.com/blog/discussion-is-cool-man/ http://suganendo.com/blog/discussion-is-cool-man/#comments Fri, 12 Feb 2010 09:31:52 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=251 ぼくの2つの記事、

他人を否定しないでも自分を貫けるのが「強さ」ってもんだよ
「批判や反論はいいけど、相手の存在を否定しちゃダメ」って事を言いたかったのさ。

と、@boss_ のおじさんのこの記事、

他人を否定し自分さえ否定する強さ

はだいたいのかんじ、議論がどんだけ大事かってことを書いたものだ。

議論というのは、会社の会議だったりしたら、意見をすりあわせ、合意点を探る、ためにする場合が多かったりする。

同じ方向性をもったもの同士の議論は、わかり易いし、当人同士もラクチンである。

一方で、まったく価値観が異なる場合、それは一見、議論がかみ合っていないように見える場合もある。

異なる価値観を理解しないと社会は成立しない

例えば、ぼくは、昨日、@HironaoAshida というおじさんにTwitter上でつかまった。このおじさんは、Twitterの紹介文によると、『08-09年度文科省「質の高い大学教育推進プログラム」審査部会委員などを歴任』ということで、教育のなんたるかを取り決めるような仕事をしているおじさんだ。

ぼくは、教育の専門家ではもちろんないんだけれど、『教育』とか、『なんで勉強をしなくちゃいけないのか?』というようなことについて非常に関心をもっているので、#daigaku という大学教育に関するタグつきで、以下を含むいくつかのつぶやきしたら、上記のおじさんが「コラー、んなわけあるかー」とつっこんで来たわけだ。

「大学と職業の接続」がテーマのようだけど、技術、知識、問題解決能力、コミュニケーション能力など、企業が欲しがる人材は経営者に聞けばすぐわかる。政府が何も決めなければ、自由競争で大学も生き残れるカリキュラムつくるはず。

Posted on Twitter on 2:52 AM Feb 9th

議論の内容はめんどーだからここでは取り上げないけれど、ぼくと @HironaoAshida のおじさんは教育に対する考え方がまったくちがうわけで、たいようのおじさんに「時間の無駄だからもうやめたら?」と言われた。(まぁ、ぼくのつぶやきがれんちゃんで、TLに表示されるのがうざかった、というのもあるだろう。その節は、すんません。)

確かに、ぼくと@HironaoAshidaのおじさんは価値観がまったく違うので、意見は平行線で、どこかで合意点をみつけるなんてことには絶対にならないだろう。

でも、議論の意味というのは、合意点を見つけるためだけにあるんじゃない。

人の価値観なんて、そもそもみんな違うもので、大雑把にいっても半数の人は程度の差はあれ反対の意見を持っていると思っていい。

選挙になれば、どれだけ、みんなの考え方がバラバラかってことが良くわかる。アメリカの大統領選挙のディベートだって、合意点を探るためにあるんじゃない。違いを際立たせるため、何が違うのかを国民に示すためにある。

だとすれば、人間社会ってのは、「反対意見、反対の価値観を理解する」ということに非常に重要な意味がある、とぼくは思っているわけ。

反対の価値観を否定したり、見て見ぬふりをし始めると、それは極端な話し、差別とか、鎖国とか、に行き着く。

仮に、物理的にそうならなくても、ぼくはそれは精神的な鎖国だと思う。

また、反対の価値観を知ることで、じゃぁ、そういう人がいる世の中で、ぼくはどうゆーふうに、やりくりしていったらいいんだろう?ってことをはじめて考えることが出来る。

今回の議論で言えば、ぼくは「ほう、日本の教育をつくってる人の中にはこういうことを考えている人がいるのか、これはいかん、どうするよ?」と現状を目の当たりにすることが出来る。

議論の終わりにぼくは、@HironaoAshidaのおじさんにたいして「あなたはぼくの知らないことを随分と知っているようなのでまた勉強させて頂きます。」と言ったけど、これは皮肉でもなんでもなく、本心だ。ぼくが全くもってない価値観や知識をぶつけてくれるというのは、本当に勉強になるからだ。

否定は@boss_にとってアドレナリンで@suganeseoにとって思考停止ポイントで語の定義という現在は異なれど「そっから先へ進みたい」という未来は似てると私の大雑把な脳は解釈しました。

Posted on Twitter by @yuka_upa on 9:40 PM Feb 10th

と、@yuka_upa さんが言うように、議論をとおして反対の価値観を知ることも、ぼくにとっては前進でしかないわけだ。

(*ちなみに、@HironaoAshidaのおじさんにたいするぼくの評価はまだ定まっていない。Twitter上の議論ではぼくの言うことに対して、逐一、間逆のことを言ってきたのだけれど、議論のためにわざとそういっているんじゃないかと思えなくもなかった。このおじさんは、ヘーゲルだの、フッサールだの、ハイデガーだのをあつかった本をしたためていたりするくらいだから哲学的であり、考えるとか、理論とかってことに明るいわけで、議論のための議論をしていたとしても不思議ではないと思ったりする。考えすぎか?それに、「私立中学か、公立中学か ― 新中学生の進路に悩む親たちへ」を読むと、なかなか頷けることを書いている。すくなくとも、たんなるコッチコチのおっさんではないんじゃないか、と思われる。もうちょっと、ブログだの論文だのをよんでやろうと思っている。)

議論はコトバを鍛える

それから、これも大事だけど、議論と言うのは『言葉を鍛える』ものだとぼくは思っている。

うまく論点をすり替えるような言葉遊びの技術をいくら鍛えても、そんなのが役に立つのは政治家とか一部の学者だけ。僕たちは切れば血が出る現実の中を生きてる

Posted on Twitter by @motoharusumi on 1:52 AM Feb 11th

と、@motoharusumi のおじさんは言うけれど、ぼくはそうは思わない。

商談、プレゼン、会議、接待、「切れば血が出る現実の中を生きてる」からこそ、「言葉遊びの技術」は非常に重要な武器となる。

それに、コトバは人を傷つけることもできるし、感動させることもできる。時にはひとつの言葉が命を救うこともあるかもしれない。それは、政治家とかメディアに出る人だけでなく、日常の、家族との、友人同士との会話のなかで起こりえることだ。

ぼくは、コトバの力は大きいと思っている。

そして、それは、まっとうな議論の中で鍛えることが出来るものだとも思っている。
(読書したり、ブログ書いたりもいいけど、瞬発力とかアドリブ力とかは議論がベター。)

***

ついでだけど、

boss_のおじさんの記事の最後に、追記として、

「おっさん同士がディスカると寒いという意見を思い知ったけれど続ける。こういうブログが有ってもいいじゃないか」

と書かれている。

「おっさん同士がディスカると寒い」ということに関しては、まぁ、以前ぼくも、同じようなことを、Sphinnのディスカッションに関して言ったことがある。

ぼくや、boss_ みたいな、辛口のおっさん同士がディスカッションしたところで、Sphinnには人は集まらないだろうと。

でもそれは、あくまでも、Sphinnへの集客を目的に、マーケティングとして考えたときに、「辛口のおっさんじゃダメ」ってことでね、一般論として、辛口のおっさんがディスカッションしなかったら、誰がすんねん!ってなもんだ。

日本人は議論に対して、免疫が無いから、熱くなると、過熱した議論をみると、嫌悪感を示す傾向があるけど、先にも書いたように、議論自体が異なる価値観を認めるという意味があるから、それは人との違いを強調するという意味で、「人と違っていいんだよ」ってことをしめす意味で、どんどん過熱した議論をして、浮いていったらいんだよ。

Discussion is cool, man.

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http://suganendo.com/blog/discussion-is-cool-man/feed/ 2
「批判や反論はいいけど、相手の存在を否定しちゃダメ」って事を言いたかったのさ。 http://suganendo.com/blog/dear-boss-no-ojisan/ http://suganendo.com/blog/dear-boss-no-ojisan/#comments Wed, 10 Feb 2010 09:47:48 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=246 @boss_ のおじさんから、ぼくがこのあいだ書いた「他人を否定しないでも自分を貫けるのが『強さ』ってもんだよ」に反論をもらった。

@boss_ のおじさんとしては、「『批判』を禁じられたらつぶやくこともできんぜよ」ということなんだろう。@boss_ のおじさんのつぶやきは、批判80%、賞賛5%、狂言15%(まぁ、落ち着いて、落ち着いて)で構成されているわけだから、批判がだめだと言われたら、確かに深刻な問題だ。(まぁ、ぼくがダメっていったところで、知らんがなってなもんだと思うけど。)

でも、ぼくは議論や批判、反論という類のものは、もちろん、肯定する。

ぼくが嫌いなのは、「自分を正当化するために他人を否定する」ということ。

基本的にぼくは、@boss_ のおじさんの記事に対して賛成だ。

多分、ぼくの説明が足りなかった、ということだと思う。

ぼくの勝手な『否定』の定義

ぼくの勝手な言葉の解釈だけど、ぼくが「他人を否定する」と言った時、
それは、議論やそれに付随する、反論、批判というものとは違う意味で言っている。

「他人を否定する」とは、他者の存在そのものや、意見の存在そのものを否定する、というもの。

存在を否定する。これがぼくは嫌いだ。

例をあげると、

ぼく(妻子無し)とねーちゃん(既婚で子持ち)が子育てについて話していたとして、
ぼくが言った事に対して、ねーちゃんが、
「あんたには、子供がいないからわかんないのよ」と言ったとする。

これを言われると、ぼくとしては、議論のしようがない。
何を言っても、子供がいない時点で、ぼくの意見はねーちゃんに取り上げてもらう資格がないからだ。
つまり、ぼくの意見の存在が否定されていることになる。
(ちなみに、ぼくのねーちゃんは、実際はぼくの教育論をちゃんと聞いてくれるけどね。)

この類のセリフは結構ある。
「お前も大人になればわかるよ。」とか、
「男にはわかんないわよ。」とか、
「もう少し、この業界にいればわかるよ。」などなど。

身近でいくらでも聞くセリフ。

これらのセリフは、立場を元に、意見を言う資格を否定しているわけで、
ぼくは、こういうのを、『意見の存在を否定する』と言っているわけだ。

ぼくが、前回の記事で、仲間はずれや、差別に言及したのもそういうことだ。
仲間はずれや差別は、他人の存在自体を否定することで、
つまり、当然、意見も言う資格なしである。

存在を否定されると、議論、反論は成立しない。だから、ぼくはこれが嫌いなのね。

「自分を正当化するために他人を否定する」ということ

さらに、一歩踏み込んで、「自分を正当化するために他人を否定する」というのはどんな意味か?

この場合の『否定』も、もちろん『存在の否定』と言う意味で、
議論のための「反論」とか「批判」ということじゃない。

どういう人間が、自分を正当化するために他人(の存在)を否定するかというと、
自分の意見に自身が無いやつ。
反論を聞きたくないやつ。
議論の仕方を知らないやつ。(←多分これが一番多いのか?)
何にも考えていないやつ。(←これも結構有力だ。)

つまりは、自分は言うだけ言って、お前は何にも言う資格無し、って態度。

そうすることでしか、自分を正当化できないとしたら、
これは、卑怯でしょう?

相手の存在を否定して、意見を言う権利を剥奪して、反論を封じ込めちゃえば、
自分を正当化するのは、すんごく楽だから。

「お前は言う資格無し。オレは言う資格有り。」っていうやり方でしか自分を正当化できないとしたら、
反論や、批判の存在を認められないとしたら、それは非常に弱い人間。

だから、ぼくは、それをしないことを『強さ』って言ったの。

***

否定と、批判はちがうとか、

ものすごく細かい議論に聞こえるかもしれないし、
これらのことばの使いかたはぼくの勝手な定義だから、どう使うかはそれぞれの自由だけど、

違いを認識することはとても大切だと思う。

議論を成立させるためにも、相手の存在や、反論することを認めるというのは大事なことだし、

さっきの例にもあるように、相手の存在自体を否定して、議論が成立しなくなっちゃう場面って結構あるから。

会社の会議とかでも結構ある。おい、それいっちゃ、議論は終わりだよって場面。

様々な意見、異論、反論の渦の中でも、しっかりと主張ができること、
その自信がある人間は、やっぱ「強い」と思うわけ。

まぁ、ようするに、ぼくが言いたかったのは、そういうことだ。

まだ、「それはちがうぞー、こらー」、とい場合は、どしどし反論どうぞ。

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http://suganendo.com/blog/dear-boss-no-ojisan/feed/ 6
他人を否定しないでも自分を貫けるのが「強さ」ってもんだよ http://suganendo.com/blog/need-to-be-tough-to-help-others/ http://suganendo.com/blog/need-to-be-tough-to-help-others/#comments Sun, 07 Feb 2010 06:53:44 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=176

他者への批判がね、自分を正当化するために使われるとね、それは子供の仲間外れの原理と同じだね。

Posted on Twitter on 8:10 AM Oct 10th, 2009

子供たちが誰かを仲間はずれにするのは、そうすることで、自分を「安全な側」に置いておきたいたいからだ。

差別も同じ。

仲間はずれだとか、差別だとか、まともな大人に育ったら、もう縁がないや、と油断してると、
自分の考えを正当化するために他人を批判する、という光景によく出くわす。

気を抜くと、ぼくもたまにやっちゃう。

自分の考えを正当化するために他人を否定しがちだけど、他人を否定しないでも自分を貫けるのが「強さ」ってもんだよ。

Posted on Twitter on 7:51 AM Oct 22nd, 2009

強さってのは、人に勝つこと、ではない。

強さってのは、人に負けないこと、自分一人で立てること、つまりは、自分を見失わないってこと、だ。

世の中ってのは相対的な価値基準で出来上がっている。

強さってのは、その価値基準を跳ねっ返せるってことだ。

***

ぼくにとって、「強さ」と「やさしさ」は同義語だ。

強くないとね、人のためになにかしてあげることって出来ないからね。

そんでね、ほんとに強い人間は、人に勝つ必要は、ないんだなぁ。

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http://suganendo.com/blog/need-to-be-tough-to-help-others/feed/ 4
年齢とか立場とかってカッコつける言い訳に使ってる場合が多いからね。 http://suganendo.com/blog/ages-and-positions-are-explanations/ http://suganendo.com/blog/ages-and-positions-are-explanations/#comments Wed, 03 Feb 2010 17:23:19 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=155 松尾氏がこうつぶやいた。

31になって確信したこと。カッコ良く生きるのは簡単だけど、泥臭く生きるのは難しい。
プライドが邪魔するから。

Posted on Twitter by seokyoto on Feb 2nd, 2010

まったく、そのとおりだ。

「人生一度きり。好きなことをやれ!」とか「自由に生きろ!」とかね、言うのはものすごく簡単なんだけど、

本当に自由に生きて、夢を追って生きてるやつをね、ちゃんと評価できる人間なんて、世の中にほんっとにわずかしかいないんだよ。

夢なんてそう簡単に叶うもんじゃないんだ。だから、夢を追っている状態でいる時間というのは実は結構長い。多くの人はそうやって、平気で30越えるね。

それでも夢を追ってるやつを、心のそこから応援できる人間は少ないよ。

30にもなってとか、いい年してとか、責任感がどうとか、必ず言われる。言われなくてもそういう目でみられる。

もちろん、夢を追うやつはそんなことでめげてちゃいけないけどね。
(だからこそ頑張れるってのもあるしね。)

夢を追うってのは惨めなもんだ。現実は。

ましてやね、ある程度の年で、ある程度のポジションになってから、そこからまた泥にまみれるってのは、ちょっとガッツいるね。

会社の中でだって、泥臭い仕事というのは、みんな敬遠するんだ。

「今さら、私がそれやらなきゃだめかね?」とか、ストレートに言うやつに出くわしたこともある。

自分の年齢から残りの人生を戦略的に生きるのは勿論大切なことだけど、年齢を意識し過ぎるとどうしたって行動が制限される。年齢とか、立場という枠をとっぱらって考えてみると全然ちがう結論がでたりする。年齢とか立場とかってカッコつける言い訳に使ってる場合が多いからね。

Posted on Twitter on 4:23 PM Dec 30th, 2009

もちろん、生き方なんて人それぞれだから、泥にまみれて好きなことするりゃいいというもんでもないけどさ。

やりたいようにやったらいいんだよ。

Just don’t talk your age and position for your explanations.
And don’t worry, I’m right behind ya!

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http://suganendo.com/blog/ages-and-positions-are-explanations/feed/ 5
大切なのはどんな仕事をやりたいかではなく、どんな人間をやりたいかだ。 http://suganendo.com/blog/ask-what-kind-of-a-man-you-wanna-be/ http://suganendo.com/blog/ask-what-kind-of-a-man-you-wanna-be/#comments Tue, 02 Feb 2010 17:13:07 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=144

本当にやりたい事を見つけるには、どんな人間になりたいかを考えてみるのも一つの方法だ。

Posted on Twitter @ 9:53 PM Nov 23rd, 2009

仕事を選ぶときに、悩んだり、迷ったりしたら、

「どんな仕事をしたいのか?」という問いを一度忘れて、

「どんな人間になりたいのか?」と、自分に問いかけてみる。

なりたい自分の理想を想像してみる。

自分のやる仕事を尊敬されるような人物になりたいのか、
人助けが出来る人間になりたいのか、
最高の父親・母親になりたいのか、
一生破天荒に好きなことだけやって生きたいのか、

やさしい人になりたいのか、
強い人になりたいのか、
ヒョーキンなおっさんになりたいのか、
世話やきのおばちゃんになりたいのか、

そうやって自分の理想像が見えてきたときに、
仕事は果たして自分の生活の中心であるべきなのか。

仕事が自分の生活の中心であるべきであろうとなかろうと、
どんな仕事をすれば、自分の理想の人間像に近づけるのか。

仕事は人をつくる。

でも、全ての人にとって、仕事がそれほど重要なものであるとは限らない。

大切なのはどんな仕事をやりたいかではなく、どんな人間をやりたいかだ。

仕事に生きるも良し。

自分を生きるも良し。

全て良し。

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オリジナルだろうが、まねっこだろうが、それを上手にやったもんの勝ちだ。ビジネスっちゃそういうもんだ。 http://suganendo.com/blog/just-do-it-better-than-everybody-else/ http://suganendo.com/blog/just-do-it-better-than-everybody-else/#comments Mon, 01 Feb 2010 17:00:24 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=124

いいもんはどんどん真似をする。そこはオリジナリティとか気にしない。オリジナルだろうが、まねっこだろうが、それを上手にやったほうの勝ちだ。ビジネスはそういうもんだ。

Posted on Twitter @ 1:27 AM Feb 1st

「これはオレが最初にやったんだから、真似すんなよな」なんてのは一部の発明・芸術の世界じゃなきゃ成立しない言い分だ。

ビジネスの世界では特にそうで、独占禁止法ってのもあって、どんどん新参者があらわれて競争原理が働いた方が世のためヒトのため。

ようはね、「真似したきゃ真似してみなよ、オレより上手に出来るんならね」っていうやつが一番強いね。

イチローや、マイケル・ジョーダン、マイケル・ジャクソン。彼らの真似を出来るやつはたくさんいるだろうけど、彼らより上手にできるやつはそうそういないでしょ。真似されても関係ないってくらい独走出来ればなんの心配もない。

反対に真似する側は「オレならもっと上手くできるね」って言えればいいわけ。

戦術と戦略

ビジネスには戦術と戦略という考え方があって、簡単に言うと、戦術は一つ一つの施策で、戦略はそれを総合的に取りまとめたものだ。

ウェブマーケティングで言えば、SEOや、PPCや、LPOや、SMOやさらにそれを細分化した技術は全て戦術となる。

戦略はこれらの戦術プラス、自分の能力、他の社員の能力、社外のリソース、与えられた時間、使える資金、設備などなど、会社全体のリソースを全て考慮して描かれるものであるべきだ。

ということは、戦略というのはその企業に固有のものであるから、他人がそれを真似しようとしたところで、あくまでもケーススタディとして学べるだけ。それをそっくりそのまま取り入れることは不可能だ。リソースがまったく同じことなんてありえないから。

戦術を教えるのは簡単だ。焼き増し可能だから。でも戦略はカスタマイズされてなきゃいけないから、教えようとしてもケーススタディや理論が限界。焼き増し不能。(SEOとかの『セミナー=戦術、ケーススタディを学ぶ場』と『コンサルティング=戦略を作る場』の違いはここだと思う。)

あくまで他人の戦略はケーススタディとして、それを自分の会社のリソースに照らし合わせて、自分の能力に照らし合わせて戦略をつくるって作業が必要不可欠ってことだ。100%の真似はありえない。

つまりね、ビジネスにおいて、戦術や戦略を真似されることを怖がる必要なんて無い。戦術を真似るだけじゃ足りないし、戦略を100%真似ることはできないのだから。

最終的には、真似されようが、真似しようが、自分の戦略を上手に描いて、上手に実行した人間が勝つだけだ。

What are you scared of? You just do it better than everybody else.

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自由ってのは、そんなに単純なものじゃないのだね。 http://suganendo.com/blog/being-free-aint-that-simple/ http://suganendo.com/blog/being-free-aint-that-simple/#comments Mon, 01 Feb 2010 04:03:39 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=110

「自由でいる」っていうことはある種「抵抗」でもある。流されることや、まわりの影響を受けることからのね。でも抵抗が強すぎると、それはもう自由じゃない。自由でいるってのはほんとに難しいんだ。

Posted on Twitter @ 6:32 AM Aug 6th, 2009

モラルとか、『他人の目』に対する意識を完全に取り除くことが出来るなら、完全なる自由というのもあるかもしれない。(そこには当然、人間社会で『自分勝手』と呼ばれるものも含まれるだろう。)

でも実際は、人間ってのは他人の言うことや、周囲の環境を意識せずにはいられないわけで、となると、そういうことから自由であろうとすれば、それは抵抗だ。

意識がある以上、抵抗なくして自分を貫くことは出来ない。

でも、抵抗が強すぎると、むしろそれはあまのじゃく的な感じで、それはそれで自由じゃない。

要は、バランスが大事だってことになるけど、この周囲とのバランスに関してはほんと個人差があって、なんか自由な雰囲気かもしだしてるやつってのはいて、絶妙なバランス感覚でうらやましい。

ぼくがそうじゃないから。

ぼくは結局、抵抗なくして自由ではいられない人間。

ぼくにとって、自由ってのは憧れであって、それほど単純なもんではないようだ。

Being free ain’t that simple to me. but that’s a’right.

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http://suganendo.com/blog/being-free-aint-that-simple/feed/ 0
上を目指すのも大事だけど、もうすでに、結構いろいろ持ってるはずだよ。 http://suganendo.com/blog/look-what-you-got-already/ http://suganendo.com/blog/look-what-you-got-already/#comments Sun, 31 Jan 2010 19:31:26 +0000 清音 http://suganendo.com/blog/?p=99

向上心=上を目指す=目線を上げる。これ大事。でも、上ばっか見ていて自信を無くしてしまったらもともこもない。時には立ち止まって、自分の持ってるものを見つめなおす。もう既に、結構いろいろ持ってるはずだ。それを有効利用する方法を考えてみるのも、時にはいいかもね。

Posted on Twitter @ 5:02 PM Aug 23rd, 2009

「目線を上げる」という言葉がぼくは好きだ。

例えば、本を読むと色々とわかったような気になる。その本の著者と同じ目線から、あたかも自分も同じように世間を見つめているような感覚になる。

これは実は大切で、そうやって本来の自分の能力や知識より上の目線を疑似体験することで、「あ、こういう見方があるのか。こういう上の世界があるのか」と知ることになる。そうやって、人は成長するんだと思う。そういう上の世界を知りもしないとすれば、どこに向かえばよいのかさえわからないわけだから。

向上心がある人間ってのはこうやって、上を目指すんだと思う。

でもね、20代でも、30代でも、それより上の年齢でも、もちろん常に上を目指すというのは大切だけど、そればっかりやってると『今、自分が持っているもの』に対して意識がまわっていなかったりすることがある。

自分が今まで経験してきたこと、今出来ること、じっくりと見つめてみると、意外とね、もう、結構いろいろともってるはずだよね。

20年、30年、上をみてやってきたんだから。

もちろん、まだまだ、上をみてやってくよ。

でも、今あるものをちゃんと活かしながら、っていうのを忘れちゃったら、もったいないね。

Hey! Look what you’ve got alreay! ;D

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